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大阪高等裁判所 昭和59年(う)685号 判決 1984年9月28日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人村地勉作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨は、原判決の事実誤認若しくは法令適用の誤りを主張し、原判決の破棄を求めるというのであるが、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせ検討して、以下のとおり判断する。

まず、本件証拠によれば、本件現場付近の具体的な道路状況並びに被告人及び被害者植田匡各運転車両(以下それぞれ被告人車、被害車ともいう)の通行経路、進行状況等は次のとおりであることが認められる。

すなわち、被告人は普通乗用自動車を運転し、昭和五八年七月八日午後一一時五〇分ころ、大阪市東成区大今里西三丁目三番五号先道路の北行四車線の左から二番目の車線(以下第二車線という。同車線は直進車線)を南から北へ進行し、同所先の交通整理の行われている変形交差点を南西(鶴橋)方面の交差道路に左折しようとしたが、当時、北行四車線の左端車線(以下第一車線という。同車線は左折車線)の前方である右交差点の南西詰付近の第一車線延長部分が道路工事中であり、工事中進路変更の矢形看板が立てられていたこと、被告人は右交差点の手前で右矢形看板を認め、それまで走行してきた第一車線(左折車線)から第二車線(直進車線)に車線変更し、交差点に入る直前ぐらいの地点で後続車を確認したところ第二車線上自車の二〇ないし三〇メートル後方に被害者植田運転の普通乗用自動車が追従して来るのを認めたこと、工事現場は前示矢形看板が立てられていた箇所から細長く西方に延びており、カラーコーンで囲まれていたが、右矢形看板を越えた北方付近は別に工事がなされておらず、車両の通行ができるような状況であったこと、本件交差点は五差路交差点であり、被告人車が進行してきた北行車線からは前示南西(鶴橋)方面及び北西(玉造)方面の各交差道路がともに左折方向にあたり、被告人は前示のように南西(鶴橋)方面の交差道路へ左折しようとして交差点の約一〇メートル手前で左折の合図を出しつつ時速約二〇キロメートルに減速し、前示のように交差点内の第一車線に相当する部分上には矢形看板が置かれているので同車線は通行止めになっているものと判断し、そのまま第二車線を直進して交差点に入り、交差点内の第二車線に相当する部分から左後方を確認することなく左に転把したこと、一方被告人車に後続していた被害車は北西(玉造)方面の交差道路へ左折進行しようとしていたのであるが、被告人車の左折の合図に気付かず、被告人車が前示のように交差点内の第二車線に相当する部分をその左側に工事現場から少なくとも自動車が一台通れるだけの間隔をあけ、しかも若干右へふくらむような感じで走行するので、自車と同一方面へ進行するものと誤信し、減速していた被告人車を左側から追い抜こうと考えて、交差点の手前横断歩道付近で第二車線から左へ転把し、前示矢形看板を越えて被告人車の左側ほぼ交差点内の第一車線に相当する部分を時速約四〇キロメートルで進行したところ、前示左折してきた被告人車の左前部と被害車の右後部が衝突し、被害者植田匡らが原判示のような傷害を負ったこと、以上の事実が認められる。

所論は、まず、原判決は、「当時北行四車線の左端車線の前方である交差点の南西詰付近は道路工事中であったので、自動車運転者としては、できる限り右工事現場に寄り進行すべきであるのに、被告人は自車と工事現場との間に車両通行の余地をあけてふくらみつつ左折しようとした」点を過失であるかのように認定しているが、道路が工事中の場合、自動車運転者としては、逆に工事現場にあまり近寄らずできるだけ余裕をもって進行して、工事現場にある工事用立看板、設備、機械等との接触を未然に防ぐべきであって、本件のように四車線あり一車線目に工事中の標識がある場合に、工事現場より約一・二メートル位あけて二車線目を進行するのが適切な運行というべきであるから、原判決は過失について誤った認定をしているというのである。

そこで検討すると、道路交通法は、車両は、左折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の左側端に沿って(道路標識等により通行すべき部分が指定されているときは、その指定された部分を通行して)徐行しなければならないと規定しているが(道路交通法三四条一項)、左側端に寄るべき程度は「できる限り道路の左側端に沿って」という表現自体から明らかなように、道路交通の具体的状況いかんによって或る程度の幅があることを前提にしなければならず、本件において、交差点内の左折車線である第一車線に相当する部分の箇所に工事中の矢形看板が置かれていたのであるから、交差点で左折しようとする車両も矢形看板を越えるまでは交差点内の本来直進車線とされている第二車線に相当する部分を通行せざるをえず、また工事現場にあまりに接近し過ぎることは危険であるから避けなければならないことは所論指摘のとおりである。しかし、前示のように本件交差点は五差路になっており、被告人が進行してきた北行道路から左折する場合、その方向には南西(鶴橋)方面と北西(玉造)方面の二つの交差道路が存在するから、後続車は前車の左折の合図を見ただけで前車が右いずれの方面の交差道路に左折進行しようとしているのかがただちに判断できにくい状況の交差点であること、本件工事現場は前示のように矢形看板から西方に細長い範囲に延びているのであって、第一車線の延長上の右看板の北方部分は別段工事がされているわけではなく、車両の通行は可能であり、かつ車両が右看板を過ぎた地点で第二車線から第一車線に相当する部分へ進路変更することが禁じられているとはいえず、交差点内の第一車線に相当する部分は矢形看板があることによってすべて通行止めになっているとの被告人の前示判断は正当でないこと、従って北西なり南西方面の交差道路に左折進行しようとする後続車両が、前車である被告人車の進行状況を見て、その左側を進行して追い抜こうとする可能性があるといわねばならないことに徴すれば、南西方面の交差道路に左折しようとする被告人が、矢形看板を過ぎてもなお本来の直進車線である第二車線に相当する部分を進行し、しかも自車の左側に少なくとも自動車一台が工事現場に余り接近することなく通れる余地(工事現場からの正確な距離は本件証拠上確定できない)を残したまま、第二車線に相当する部分から左折しようとしたことは、本件の具体的道路状況の下でただちに道路交通法に違反するとまではいえないとしても、「左折するときは、……できる限り左側端に沿って(通行しなければならない)」との趣旨に照らし、左折車としてやはり適切を欠いた左折準備態勢であるといわざるをえない。原判決が「被告人車はできる限り工事現場に寄り進行すべきである」旨判示する点は、右に説示したような趣旨と解されるから、原判決に所論のような事実誤認又は法令適用の誤りはない。

なお、所論は、原判決が被告人の右のような進行自体を本件における被告人の過失であると認定しているようにいうが、原判決は本件において被告人が後方の安全確認義務を怠ったという点を過失と判示しており、進行方法はその前提事実にとどまること判文上明らかであり、また、被告人が「右にふくらみつつ左折しようとした」か否かは、本件証拠上かならずしも明確ではないが、被告人があえて右に一度ハンドルを切ったか否かはともかく、南西方面の交差道路への左折は九〇度に近い角度をなすから、被告人車が少し大まわりしていること、すなわち後続車から見れば若干右にふくらむような感じで進行したことは証拠上否定しがたいところであり、結局この点に関する原判決の認定にも誤りはないというべきである。

さらに所論は、原判決は、被告人としては左折するにあたり、「北西方面に進行する後続車両の運転者が、被告人車も北西方面に進行するものと誤信して自車(被告人車)の左側を進行し、自車(被告人車)が左折すればこれと衝突する危険が予測できるのであるから、左後方から進行して来る車両の有無、動向等、左後方に対する安全確認をなすべき注意義務がある」と認定しているが、最高裁判所は、「交差点で左折しようとする車両の運転者は、その時の道路及び交通の状態その他の具体的状況に応じた適切な左折準備態勢に入ったのちは、特別な事情がない限り、後進車があっても、その運転者が交通法規を守り追突等の事故を回避するよう適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足り、それ以上に、あえて法規に違反し自車の左方を強引に突破しようとする車両のありうることまでも予想した上での周到な安全確認をなすべき注意義務はない」(最判昭和四六年六月二五日第二小法廷判決集第二五巻四号六五五頁)と判示しており(ただし、所論が参照判例として引用する判例はいずれも右折の事例であり、所論引用の趣旨を述べるのは前示判決である)、本件において被告人は、左折の合図をし左側が道路工事中であったので、若干左側をあけて適切な左折の準備態勢に入っており、一方被害車は被告人車の左折の合図を確認せず、交差点内で強引に左側から追い抜きを図ったものであり、信頼の原則が適用される事案というべきであって、原判決が被告人に後方の車両が交差点内で、道路工事中であった左側から追い抜くことを予想したうえで後方に対する安全確認義務を課したのは法令の適用を誤ったものであるというのである。

そこで検討すると、所論のうち、被害者植田匡に被告人車の左折の合図を見ていないという落度があることは認められるが、所論のように被告人が本件において適切な左折準備態勢に入ったといえないことはすでに説示したとおりであり、また所論がいう、本件道路は通常の道路と違って左側が道路工事中であったから左側を追い抜くことは予測できないし、本件被害車の進行は交差点内での強引な追い抜きであるという点についてみると、すでに触れたように、工事中であるといっても被害車が進行した被告人車の左側がすべて通行止めになっているのであればともかく、矢形看板を通過した後の北方部分は車両の通行可能な状況にあり、もとより車両の通行が禁止されているわけではなく、むしろ左折車両はできるだけ左側に寄って進行すべしとの趣旨からいえば、被告人が交差点に入り矢形看板を通過した後は、工事現場に注意を払いつつ本来の左折車線である第一車線に相当する部分を進行する方が後続車両との関係でもより適切な進行方法と認められ、かつ、前示のような本件の道路状況等からすれば、もし被告人が本来の直進車線に相当する部分上を自車左側に自動車一台が通行可能な間隔を置いて進行するにおいては、左折等の後続車両が交差点において適法に被告人車を追い抜くことも十分に考えられるところであるから、自車左側に自動車一台が通行可能な余地を残した状態で右第二車線に相当する部分から左折しようとする被告人としては、自車のあいている左側を進行してくる後続車両のありうることを予想すべきであるというべく、したがって左折に際し左後方に対する安全確認の注意義務は免れないものといわねばならない。

つぎに、被害車の進行方法についてみると、交差点内における追い越しは道路交通法によって禁止されているが(同法三〇条三号)、同条にいう追い越しとは、車両が他の車両等に追いついた場合において、その進路をかえてその追いついた車両等の側方を通過し、かつ当該車両の前方に出ることをいう(同法二条二一号)のであり、本件において被害車は交差点において北西方面の交差道路に左折しようとして左折車線である第一車線に相当する部分に進路をかえた後そのまま同車線相当部分を北西方面の交差道路に向け進行すればよく、被告人車の前方に進路をかえて出る必要はないのであるから、交差点内で禁止されている典型的な追い越しとみるのは相当でなく、むしろ所論もいうように追い抜きに該当するというべきであり、従って被害車の通行方法は交差点内の違法な通行方法とはいえないのであって、前示のように被害車植田が被告人車が左折の合図をして減速しているのに合図を確認せず、狭い場所を時速約四〇キロメートルの速度で進行したという事実は、本件において適切を欠いた運転であったといわなければならないとしても、前示判例にいう「あえて法規に違反し自車の左方を強引に突破しようとする車両」に該当するとまではいえないというべきである。

所論引用の判例は、「その時の道路及び交通の状態その他の具体的状況に応じた適切な左折準備態勢に入った」こと及び相手方車が「あえて法規に違反し自車の左方を強引に突破しようとする車両」であることを前提とするものであり、しかも左折に際して後続車の有無を一応確認しているのであるから、事案を異にし、本件に適切でない。

そうだとすれば、原判決が判示するように、本件の状況、事情の下においては、被告人において、北西方面の交差道路に左折進行しようとする後続車両の運転者が被告人車も北西方面に進行するものと誤信し(従って合図の見落しは本件事故と直接の因果関係がないことになる)て、自動車一台が通行する余地のある自車の左側を進行し、自車が左折すればこれと衝突する危険が予測できるところというべく、したがって、左後方から進行してくる後続車両の有無、動向等、左後方に対する安全確認をなすべき注意義務があるといわなければならない。然るに被告人が左後方を全く確認することなく漫然と左折したこと前示のとおりであるから、原判決が被告人に右の安全確認義務を怠った過失があるとしたのは相当である。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 家村繁治 裁判官 田中清 河上元康)

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